世界から消える調剤薬局 スイスにも忍び寄る危機
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医薬品のネット販売の普及や高熱・人件費の高騰を背景に、世界各地で地域の調剤薬局が姿を消している。薬局への信頼が厚く業界規制も厳しいスイスでは、今のところ大きな危機を免れているが、医療費膨張のなか変革を迫られている。
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スイス人にとって地域の薬局は身近な存在だ。薬の受け取りや購入はもちろん、吹出物や消化不良といった一般的な症状について健康相談にものってくれる。菓子やグリーティングカードを売る小売店の中に薬局がある米国とは異なり、スイスの薬局はまるで医療施設のような存在だ。
どのような形式であれ、調剤薬局は医療制度に欠かせない存在であり続けてきた。しかし多くの国で、薬局は危機にさらされている。光熱費から人件費まであらゆるコストが上昇。また医療費が増加するなか、患者・保険会社・保健当局のいずれもが支出削減に動いている。さらに、ネット通販業者が市場のシェアを奪いつつある。
「薬局の経営も厳しくなっていますが、もっと深刻なのは、患者と医療制度の最初の接点という役割が危機に瀕していることです」と、ヨーロッパでの地域の薬剤師団体、欧州薬剤師グループ(PGEU)のイラリア・パッサラーニ事務局長は語る。「薬局は人手不足の中、患者に多くのサービスを提供して医師や看護師の負担軽減を図っています。ですが、そうしたサービスに対して報酬は十分ではありません」
このため、世界各地で調剤薬局の廃業が広がっている。米国の最大手ドラッグストアチェーン、ウォルグリーンは2024年6月、今後3年間で全8600店舗の約4分の1を閉鎖すると発表した。
ドイツでは、2000年には約2万1500軒あった薬局数が現在は約1万7000軒にまで減少。日本では、2024年1~7月の調剤薬局倒産が22件(前年同期のほぼ3倍)にのぼり、過去最多を更新した。英国薬剤師会(NPA)によれば、英国ではこの2年間で約1万4000軒の薬局のうち700軒が閉店している。
スイスでも薬局経営は安泰ではないが、今のところ大量廃業にはいたっていない。薬局の数は2008年以来1800軒ほどで安定している。だが当局がオンライン薬局の規制緩和を図っており、競争が激化する可能性がある。
オンライン薬局(インターネット薬局や通販薬局ともいう)とは、調剤した処方薬や市販薬を宅配で患者に直接販売したり、インターネット経由で製品・サービスの情報提供を行ったりする小売業者の総称。▽アマゾンなどネット販売業者による医薬品販売▽ネット専業薬局▽実店舗によるネット販売などがある。(出典:国際薬学連合外部リンク)
根強い伝統
スイスの薬局が大きな混乱を受けずに済んでいるのは、主に、業界の規制や制度が行き届いているからだ。薬局やそのサービスを重んじるスイス社会の価値観に守られてきた面も大きい。
厳しい薬価規制も薬局を守っている。スイスでは薬局が処方薬を販売すると、購入者の加入する民間保険会社が薬局に代金を償還する仕組み(購入者は窓口負担なし)。この償還額には連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)が上限を設けているが、輸送費や説明書の確認など、薬局にかかる経費も勘案して設定されている。
薬価規制は多くの国が行っているが、米国では大きく事情が異なる。医薬品はほぼ自由市場で、価格設定の透明性はないに等しい。そのため、米国の薬局は保険会社や卸業者の言いなり状態だ。米国薬剤師会(APhA)のマイケル・ホーグCEOはswissinfo.chの取材に対し、薬剤給付管理(PMB)会社などが「薬局に微々たる額しか支払わず、薬局が販売業者から購入した製品価格を下回ることも多い」とメールで答えた。
スイスはまた、ほかの先進国と比べて薬局の数が少ない。人口10万人あたりの薬局数はおよそ21軒で、EU平均の32軒を下回る。州によっては医師も薬の調剤が認められているため、さらに低いところもある。英国と米国では1990年代に薬局が急速に増え、ウォルグリーンはわずか10年余りで店舗が倍増した。スイスにはそうした急拡大期は訪れなかった。
実店舗にせよオンラインにせよ、薬局を開設するハードルが高く設定されているのがひとつの理由だ。処方薬を調剤し、ほとんどの市販薬(OTC医薬品)を販売するためにはスイスメディック(Swissmedic)の許可が必要で、州当局の抜き打ち検査もある。有資格の薬剤師が常駐し、ドイツ語、フランス語、イタリア語の3つの公用語で情報提供しなければならない。
ネット販売はさらに厳しい。スイスは2016年、殺菌クリーム、咳止めシロップ、イブプロフェン(解熱・鎮痛薬)などのオンライン販売を法で禁止し、医師による処方を義務づけた。電子処方箋も導入していないため発注が複雑になり、コストもかかる。デンマークなど他国では何年も前から電子処方箋に完全移行しており、日本外部リンクは2023年、ドイツは2024年に導入した。
営業規制の多くは、患者の安全を守る狙いがある。偽造医薬品のネット販売が増えている現状では安全確保がなお重要だが、ネット販売業者との競争を阻害している面も否めない。医薬品を販売するアマゾンやアリババなどの電子商取引サイトは、中国、インド、米国、ブラジルなど多くの国で急成長している。
スイス薬剤師協会(pharmaSuisse)によると、2023年の基礎医療保険からの医薬品支出80億フラン(約1.4兆円)のうちネット販売が7%を占めた。中国ではOTC医薬品の約30%がネット上で購入されているというデータもある。中国は2019年に処方薬のネット販売を一部解禁した。米国外部リンクでは、処方薬だけで約37%がネットで販売されている。
コストの上昇と医薬品不足
スイスの制度はこれまで、患者と薬局の双方の理に適うものだった。だが今、徐々に亀裂が入っている。
「スイスの薬局は、財務面でも人員面でも逼迫しています。」と、スイス薬剤師協会デジタルコミュニケーション責任者、グレゴリー・ネンニガー氏は語った。
swissinfo.chが取材した薬局経営者たちは、光熱費や人件費の上昇で薬局の収支が苦しくなっていると口を揃える。ベルンのある経営者は、後継者どころか、薬局で働きたいと思う有能な薬剤師すら見つけるのが難しくなったとこぼす。
実店舗の薬局の3分の2は個人経営で、、その多くは生き残りのためにドクター・グルトナー外部リンク(Dr. Gurtner Gruppe)やトップファーム外部リンク(TopPharm)などの業界団体に加盟して、一括購入、共同研修、融資の優遇などを利用して経費節減をはかっている。またワクチン接種、アレルギー検査、栄養相談など多角化により収益力を上げ、薬剤師が職業として魅力的であり続けるように取り組んでいる。
![製薬会社のマスク姿の従業員](https://www.swissinfo.ch/content/wp-content/uploads/sites/13/2023/03/5b7ebb20006fe2127a403b0569e4e76b-drug-shortage_highres-data.jpg?ver=321aee81)
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製薬大国スイスで薬不足が起こる理由
医薬品の供給不足も深刻だ。医薬品の供給情報サイトdrugshortages.chによると、スイスで入手困難になっている医薬品は2024年10月時点で1000種を超え、2021年5月の約450種から激増した。そのほとんどは低価格のジェネリック品だ。
「ウクライナ戦争やパンデミックなど世界危機を発端とする供給のボトルネックが、薬局にとって大きな悩みの種になっています。薬剤師に実入りのない仕事が増えているのです」とネンニガー氏は話す。
スイス薬剤師協会も加盟する欧州薬剤師グループ(PGEU)の推計では、品切れの薬の代替品を探すのに薬局は平均で週10時間を余分にかけている。この追加コストは、現行の制度では補償されない。スイスの薬局の中には、少量の薬を自前で作る手段に出ているところもあるが、その追加コストが償還されるかどうかは保険会社との交渉次第だ。
医薬品不足は、薬局の信頼にも響く。「患者は不満を抱き、薬剤師への信頼を失っていきます。前は薬局に行きさえすれば探していた薬が手に入ったのに、と。今は手ぶらで帰るしかありません」と、PGEU事務局長のパッサリーニ氏は語る。
医療制度全体で支出削減への呼び声が高まっており、薬局も対象外ではない。スイスの医療制度は世界でもすでに高額で、米国に次ぐ第2位だ。人口の高齢化や医療技術・医薬品の高額化により、患者と保険会社双方の負担が急増している。連邦工科大学チューリヒ校景気調査機関(KOF)は、2026年の医療費支出は2024年比7%増の1060億フランに増加すると予測している。
スイス連邦議会と政府は規制変更について議論している。薬価引き下げや消費者の利便性を高めるため、OTC医薬品のネット販売の解禁を検討中だ。また、電子処方箋をはじめ医療制度のデジタル化を求める声も強い。
薬局の新たな形
こうした改革がスイスの薬局にどんな変化をもたらすかは未知数だ。大手チェーンは薬局を次々と吸収し、オンライン医薬品市場でシェアを広げようとしている。
薬局チェーンを展開するスイスの上場会社ガレニカは2020年以来、国内で毎年7~15店の薬局を買収または新規開店。現在は374店舗と、第2位の4倍の店舗数を誇る。少数ながら不採算店舗の閉鎖も行っている。
スイス最大の小売業者ミグロは2023年、欧州最大手のオンライン薬局ツア・ローゼ(現ドックモリス)のスイス事業を買収した。その後間もなく、ガレニカは欧州最大のオンライン薬局レッドケア(旧ショップ・アポテーケ・ヨーロッパ)と合弁事業を開始した。
チューリヒ州立銀行の医療アナリスト、ギアン・マルコ・ウェロ氏は、実店舗の薬局は今後も徐々に統合が進み、薬局の総数は減少すると予測する。OTC医薬品の規制変更が2026~27年に行われると見込み、その影響によっても「実店舗の薬局はますます逼迫するでしょう。消費者が比較検討して最安値を求めやすくなるためです」という。
今のところ、薬局がすぐさまネット通販業者に追いやられる兆しはほぼ見られない。だが実店舗の果たす役割は今後大きく変わるかもしれない。「薬局は、健康について気兼ねなく話ができる最初の接点として役割を広げることが期待されます」と、ガレニカの広報担当者、アンドレアス・ペトロジーノ氏はswissinfo.chに語った。
同社は、オンラインチャンネルと実店舗を結びつけるサービスを導入している。「お客様がどこにいても、できる限りお会いするようにしています」
編集:Nerys Avery/Benjamin von Wyl/ts、英語からの翻訳:宮岡晃洋、校正:ムートゥ朋子
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